大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和26年(う)2025号 判決

控訴人 被告人 菅谷治郎 外三名

弁護人 若新政光 外三名

検察官 小出文彦関与

主文

原判決中被告人菅谷治郎、同北条四郎、同広沢謙三郎及び同小沢喜好に関する部分を破棄する。

被告人菅谷治郎及び小沢喜好を各懲役三年に、被告人北条四郎及び同広沢謙三郎を各懲役二年に処する。

押収してある偽造一般用旅行者外食券十食分綴九千四百五十一枚(昭和二十六年押第一四三七号の一、三及び七のうち)、同五十食分綴一枚(同押号の二)、同一食分千百五十六枚(同押号の一六乃至二六)、「月日マデ新潟県新発田第五配給所」なるゴム印一個(同押号の四)、「自月日至月日北海道食糧札幌」なるゴム印一個(同押号の五)、右各印の原稿二枚(同押号の一五)、「自年月日至年月日千葉県市川支所配給所」なる活字印一個(同押号の六)、印刷用紙二束(同押号の八)、ゼラチン板一枚(同押号の九)、セルロイド板一枚(同押号の一〇)、銅版三枚(同押号の一一)及び亜鉛原版三枚(同押号の一二)は、これを没収する。原審における訴訟費用中証人林明守に支給した分は被告人菅谷治郎の負担、証人遠藤已之作に支給した分は被告人等の連帯負担、証人柏原正信に支給した分は、被告人小沢喜好及び原審相被告人熊沢両作の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、それぞれ末尾に添付した被告人菅谷治郎の弁護人若新政光、被告人北條四郎の弁護人板倉正、被告人広沢謙三郎の弁護人田野井子之吉、被告人小沢喜好の弁護人丸三郎及び被告人小沢喜好本人各名義の控訴趣意書と題する書面に記載してあるとおりであるから、これに対し、左のとおり判断する。

被告人菅谷治郎の弁護人若新政光の論旨第一について

原判示第一及び第四の各事実は、それぞれ原判決のこれに関する援用証拠を総合して、これを認め得るところであるから、被告人等が右原判示のように他の数名の者と共同して、行使の目的で、農林大臣又は都道府県知事の発給すべき一般用旅行者外食券の偽造を遂げたことは明らかである。しかしながら、原判示第二及び第五の各事実については、各原判決のこれに関する援用証拠により、被告人等が右原判示のように、許景福その他と共同して、行使の目的で、偽造した食糧配給公団支所又は同配給所の印章を使用して、該公団支所又は同配給所の作るべき一般用旅行者外食券をあらたに偽造したものとは認め難いのであつて、該証拠により、被告人等がそれぞれ許景福その他と共同して、行使の目的で、前記偽造一般用旅行者外食券の裏面に右食糧配給公団支所又は同配給所の印影を顕出させて、その印章を偽造したものと認めるを相当とする。原判決には、この点において事実の誤認があるものであつて、しかも、これは、判決に影響を及ぼすものと言わなければならない。従つて、以上の判断は、所論とは解釈を同じくするものではないが、この点に関する事実の誤認を主張する論旨は、結局理由がある。

しかし、原判示第三及び第六の各事実は、それぞれ原判決のこれに関する援用証拠を総合してこれを認め得るところであるから、被告人等の右各所為が物価統制令に触れることは、言うまでもない。公文書偽造罪が行使の目的を要件としており、被告人等の本件外食券の偽造についてもかかる目的の存したことは前敍のとおりであるが、その偽造後右原判示のように該偽造外食券を営利の目的で販売のため所持するにおいては、公文書偽造罪とは別に物価統制令違反の罪が成立することは当然である。原判決には、この点に関する事実の誤認は存しない。この点に関する論旨は、独自の見解によるものであつて、理由がない。

同第二について

原判示第二及び第五の各事実については、前叙のような事実の誤認があるから、この点に関する原判決の法令の適用に差異を来たすことは、当然であるが、原判示第一及び第四の各事実が認められる以上、これに対し、刑法第百五十五条第三項を適用すべきことは当然であつて、原判決には、この点に関する所論のような法令適用の違反は存しない。

原判示第三及び第六の各事実については、物価統制令が物価の安定を確保し、もつて、社会経済秩序を維持し、国民生活の安定を図ることを目的とするものであることは、同令第一条の規定に徴して明らかであるから本件におけるような取引禁止物件であるからとて、所論のように同令の対象から除外さるべき理はなく、むしろ、取引許容物件以上にその取引が同令の目的とする右物価政策を阻害することが考えられるのである。元来外食券は、真正なものであつても、取引の対象とすべきものではなく、これを用いて外食する場合においても、食事の対価は別にこれを支払うべきものであつて、何ら外食し得る財産権を表象するものでないから、これに価格のあり得ないのは当然であつて、これを有償で取引する行為については、物価統制令の適用を見るべきことは言うまでもないが、まして、本件のような偽造外食券に至つては、無価格たるべきことは、もとより当然であるから、これを営利の目的で販売のため所持することは、物価統制令第十三条の二第九条の二に該当することは明らかである。従つて、原判決には、この点についても、所論のような法令適用の違反は存しない。論旨は、独自の見解による推論であつて、理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 荒川省三 判事 堀義次)

被告人菅谷の弁護人若新政光の控訴趣意

第一、原判決には事実の誤認がある。

原判決は被告人菅谷に対し、判示第一に於て相被告人等と共謀の上外食券を印刷して公文書を偽造したる事実を、判示第二に於て相被告人等と共謀して右外食券の裏面に捺印して公文書を偽造したる事実を、判示第三に於て右偽造外食券を不当に高価に販売する目的を以て所持したる事実を、判示第四に於て第二回目の外食券を印刷して公文書を偽造した事実を、判示第五に於て右無印外食券の裏面捺印により公文書を偽造したる事実を、判示第六に於て右外食券を不当に高価に販売する目的を以て所持したる事実を各認定して各々法律を適用してゐる。詳言すれば外食券印刷から裏面の捺印までの行為と裏面に捺印した行為とその偽造外食券を所持した事実の三個の事実を認定し印刷行為に刑法第百五十五条第三項を裏面捺印行為に対し同法第一項を所持に対し物価統制令を適用してゐるのである。

併し本件偽造の過程は原判決摘示の通り資金の提供銅版の作成印刷裏面捺印裁断運搬売却と言う風に違法行為が順次発展して犯罪を完成しているのであつて本件被告人菅谷は右過程中初めから売却まで干与しているのであるから順次前行々為は後行々為によつて吸収せられ最後に刑法第百五十五条第一項の公文書偽造罪を完成しているに過ぎぬのである。従つて外食券の印刷を終つたまでの行為と其後の行為とを区切つて二個の犯罪事実を認定することは誤りであると考へる。又右の偽造外食券の所持に対し物統違反行為なりとの認定も誤りであつて被告人等の所持は公文書偽造罪の構成要件たる行使の目的を以て所持していたに過ぎぬもので物統令の対照としている不当高価販売目的の所持には該当しないものである。

要するに原判決は一個の犯罪事実を三個の犯罪事実に分割して所罰の対照にしているのであつて明かに誤認である。

第二、原判決は前記事実の誤認により延いて法律の適用と解釈に誤りがある。

前記の如く菅谷の行為は一連の偽造行為であつて一個の犯罪とすれば刑法第百五十五条第三項適用の余地はない事になる。又物価統制令は本件の如き正常なる取引物品にあらざるものに適用がない。物統令は物価の安定を保持する為め同法令に於て統制せられる物品を限定し之に一定の価格を定めこれが違反者を所罰する法律であるから正常に取引せられる取引物品を対照としていること言ふまでもない。

従つて物価の安定と何等関係なき而も取引禁止物件たる本件偽造外食券の如きは同法令に謂所物品に該当しないと解すべきである。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例